ユサブルコラム

2010年06月24日 伊藤 義将 , 寄り道シネマ

 孤独な老人を描く  「インビクタス」

インビクタス



 奇跡的な事実を元にした史実で、こうしたものを描くことは、その中途半端な時間故に映画は得意としていません。ことさら劇的にまくしたてて安っぽくなってしまったり、時系列的に事実を並べるだけでラッシュ的なものになってしまったり。
 そこをうまく回避したクリント・イーストウッドの手腕が光る映画です。

 主人公はネルソン・マンデラ。描かれた場所は、いまサッカーのW杯が開かれる南アフリカ共和国。40年以上に渡り白人と非白人を隔離し、白人至上主義のアパルトヘイトを政策として実施していました。
 しかし1980年代に入ると国内の撤廃運動が強まり、これが国外にも波及。これに呼応し国際社会も経済制裁を実施し、徐々に孤立を深めていきます。
 そして1994年、ついにこの国は全人種による総選挙を実施。大統領には反アパルトヘイト運動の闘士であり、27年間も刑務所に収監されていた黒人のネルソン・マンデラが大統領となります。

 そこからこの映画は始まります。マンデラは今まで虐げられてきた黒人社会を築くのではなく、政策はなくなったものの、埋まらない溝を抱えた白人と黒人が融和した南アを築こうとします。
 そして彼が目を付けたのは1995年に開かれるラグビーW杯の南ア開催。白人のスポーツとされてきたラグビーを、国民全てが応援することで、国家として一体化した雰囲気を作り出していこうとします。
 そして事実、下馬評ではせめて準々決勝止まりだろうとされてきた南アのラグビー代表チームは奇跡的に優勝。人種融合の象徴的出来事となります。

 負の連鎖を非暴力で断ち切ったと表現できる内容は希望に満ちていて、現代の指針ともなるものです。そしてこの点は前作「グラン・トリノ」に通じるテーマが見え隠れしていると言えなくもありません。
 しかしこの「グラン・トリノ」に一番通じるイーストウッド映画は「ダーティ・ハリー4」ではないかと僕は感じています。
 破天荒でありながら、法を基準として殺人を犯した者を許さず追いつめてきたハリー・キャラハンが10年前のレイプ事件の被害者が犯す殺人を、見逃してしまう。
 シリーズ前3作を貫いてきたキャラクターを、社会の矛盾によって捨て去るその姿は、「グラン・トリノ」の主人公が家族の絆を捨て去る時に生まれたものに似ていなくもなく、何かしっくりときます。
 そしてそんな小難しい分析をするよりも何よりも、この2作には「面白いものを作りたい」という娯楽映画としての意思が強く存在していて、それはどうやらのきなみガラガラの状態で公開されていた今作とは、一線を画すものだと思います。
 
 と、脱線に脱線を重ねて「インビクタス」に戻ります。劇場がガラガラだと言って、この映画がつまらないのかと言えば、さにあらず。面白いのです。

 主人公マンデラは、偉大な人物ですが、寂しい老人です。全く家族との交流が描かれません。不在の家族を描き通します。
 当たり前です。27年間も収監され、結婚を3度もしている彼を献身的に支える家族などはいるはずもありません。彼は家族を守ることよりも、活動を取った男です。
 そればかりか、イーストウッドは一輪の花のごとく、彼の心の支えや一服の清涼感を与えてくれる可愛らしいキャラクターさえ創作せず、彼を全く寂しい老人として描き通します。
 そして白人との融合を訴える彼の声に、素直に耳を傾ける黒人もいません。彼がその融合を訴えるたびに、黒人達は落胆します。それは遠く離れた日本で見る我々にとってみたらマンデラの志の高さに感動するものとなりますが、当の本人たちにとってみたら、何を言い出すこの爺さんは・・・と、厄介者でしかありません。
 そして感動を目論んだ映画であれば、そこに葛藤するマンデラを描くものですが、それさえありません。
 イーストウッドは厄介で頑固者の爺さんを描いたのです。
 そしてまたマンデラは、夢を託したラグビーチームの試合を前にソワソワし、会議や打ち合わせなどはそっちのけ。映画監督のジム・ジャームッシュがメッツ(大リーグ)の試合結果が気になって気もそぞろなのとさして変わりもありません。
 国民の融和云々がどうというよりも、好きなラグビーチームの試合が気になって仕方がない爺さんとして描かれるばかりです。
 そしてそれが利いてくるのが、まさに試合のシーン。どのような戦術でこの弱小南アチームが優勝へと階段を駆け上ったのか、そんなことはいっさい描かれません。
 今までことさら抑えていた葛藤を、肉体のぶつかり合いで表現していくことこそ映画の正攻法であり、そんな小賢しい戦術や何やらよりも、闘いに熱狂するマンデラを描くことこそ、「征服されない=インビクタス」という頑固者のマンデラを描くことに最適なのだと腹を決め込んだ演出が、何よりも清々しく清潔な印象を与えてくれます。

 映画とは退屈を恐れることなく、その人物を描写することであり、主人公が周囲に振りまく落胆こそが主人公を際立たせる。
 そしてそのことがひいては映画を娯楽として昇華せしめるのだと、最近の映画には珍しく普通の映画としての作られた映画が、この「インビクタス」です。






インビクタス/負けざる者たち ブルーレイ&DVDセット(初回限定生産)
¥3,980(税込)
7月14日発売
ワーナー・ホーム・ビデオ
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