ユサブルコラム

2008年05月21日 風土&フード , 浅野 光代

クスクスのある風景




 クスクスを最初に食べたのはいつのことだったろう?
 多分、20代の後半にフランスで食べたのが最初だったかもしれない。とすれば、今からかなり大昔のことになる。最初はあまり美味しく感じなかったが、味覚というのは不思議なもので、そのうち段々と好きになり、今では私の大好物になった。
 硬質小麦を粒状にしたものを蒸して、野菜、肉、時には魚といっしょに食べるこの料理はマグレブ(チュニジア、アルジェリア、モロッコなどアフリカ北西部)を中心に広く食べられていて、国によって作り方も少しずつ違っている。

パリのイスラム系カフェで


 そのクスクスをパリで毎週金曜日に無料で提供してくれるイスラム系カフェがあった。モンマルトルに近いその店は移民の町、バルベスにも近く、カフェのテラスでビールを飲みながら通りを見ていると、アフリカ人、アラブ人など様々な人種の人たちが通りすぎて行く。店内の壁に目をやるとアルジェリア、カビリア地方抵抗運動のシンボル的歌手マトゥブ・ルネスの写真が貼ってあった。
 夜7時を過ぎる頃、人が次々とやってきた。学生、労働者、アーティスト風の若者、近所の家族連れ。たちまち店は満員になってギャルソンは大忙しだ。

 「どうしてクスクスを無料で提供しているのだろう?」そんな私の疑問にモロッコ人のギャルソンが答えてくれた。
 「イスラム教では安息日の金曜日にクスクスを食べる習慣があって、我々イスラム教徒は貧しい人に施しをするためにクスクスをモスクに献上していたのです、私たちはここパリでイスラム教徒だけでなく、みんなに分けてあげることにしたのです」。
 さて、待ちに待ったクスクスが湯気をたてて、大皿に盛られてやってきた。スープは別の大きなボールに入っていて中には野菜、牛肉が入っている。大皿に盛られたクスクスは隣の人といっしょに分けあって食べる。互いの皿が行き交ううちに自然と会話が始まった。パリではこんな風にカフェで、見知らぬ人と自然に話ができることはあまりない。みんなで同じクスクスを食べていると何だか大家族の中で食事をしているような、そんな気さえしてくるのだった。

懐の広い食べ物クスクス


 クスクスの本場モロッコでは、当然のように何回もクスクスを食べた。レストランや人の家にも招待されたりして食べたが、その中でとびきり美味しいクスクスを食べたことがある。
 アシラという海辺の町に行った時、モロッコ人の家庭に泊まったことがあった。夜になって疲れていた私は一人部屋で横になっていた。10時を過ぎた頃、そこの家の娘で7才くらいの女の子が私をおこしに来て言った。「クスクスができたから来て、みんな待ってるよ。」部屋から出るとボーとしたローソクの光の中でみんなが円卓を囲み、大皿に盛ったクスクスを食べていた。

 クスクスの中身は鶏だけだったが、ひとくち食べてみてその美味しさにびっくりした。トマトと玉ねぎが少し入っていたが、それはほんの隠し味程度。今まで食べていたクスクスのように何種類もの野菜や肉が入っていたわけではない。味の決め手は新鮮な材料と香辛料のようだった。
 たくさんの野菜と肉からでるスープでクスクスは美味しくなると思っていたが、そうでもないらしい。シンプルなクスクスでも充分においしく、むしろクスクス本来の甘みがでていて、それはそれは美味しい一皿だった。そしてみんなで大皿を囲んで食べるというこのロケーションもそのおいしさに相乗効果をもたらしているに違いない。ローソクの灯りの下でみんなの顔が浮かんでは消える。この家に泊まっていたフランス人の女の子は「セ・トレ・ボン」を連発しながら黙々と食べていた。

 クスクスの伝統的な食べ方は円陣をなして、みんなで食べるのだという。そして突然誰かがやってきても、輪の中に入って一緒に食べればいい。クスクスは懐の広い食べ物なのだ。そしてイスラムの喜捨の精神を体現しているような食べ物でもある。
 以前、フランス人の友人に夕食を招待された時、友達を一緒に連れて行きたいと言ったら、人数分の材料をもう買ったから、それは困ると言われた事があった。これがマグレブ人だったり、アフリカ人だったら、喜んで受け入れてくれるだろう。西洋の人間のメンタリティもあるが、もともとアラブ、アフリカの料理のスタイルが何人をも受け入れられる、そんなスタイルなのだ。
 個人を中心とするヨーロッパの観念と家族と親族一堂を中心に考えるその文化の違いがクスクスという料理を生み出したのかもしれなかった。


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